是的。
中国语学が専门の高岛俊男氏は『汉字と日本人』(文春新书)の中で「もっとも训の多いのは多分『生』で、うむ、うまる(うまれる)、いく(いきる)、はゆ(はえる)、おふ(生いたち)、なす(生さぬ仲)、ある(ひつぎのみこは生れましぬ)《注2》、き(生薬)、ふ(芝生)、なま、うぶ、など10种あるいはそれ以上の训がある」と述べている。确かに、常用汉字表にある训は「いきる」など10种类に过ぎないが、日常ごく普通に用いられている読み方はもっとある。『新潮日本语汉字辞典』には、これに5种加えて计15通りの训が掲载されている。
しかし、これでも普段の生活レベルの「生」の読みをカバーしきれていない。たとえば、春三月の异名「弥生」の「よい」、首相の姓「麻生」の「う」をはじめとして「生憎(あいにく)」の「あい」、「生粋(きっすい)」の「きっ」、「平生(へいぜい)」の「ぜい」、「早生(わせ)」の「せ」、「晩生(おくて)」の「て」、「生业(なりわい)」の「なり」、「大往生(だいおうじょう)」の「じょう」など。
ふだんはあまり目にしない珍しいところでは、「生绢(すずし)」《注3》の「すず」、「生贽(いけにえ)」の「いけ」、『君が代』の歌词の中の「苔の生(む)すまで」の「む」などがある。熟语になったもので、必ずしも一语一语分解出来ない语句に「生」の字を使って――「埴生(はにゅう)」、「寄生木(やどりぎ)」、「生计(くらし)(たつき、とも)」、「生命(いのち)」と読ませる例も见られる。
さらに、「生保内(おぼない)」、「生见(ぬくみ)」、「壬生川(にゅうがわ)」、「竹生岛(ちくぶしま)」、「福生(ふっさ)」、「生多(おぶた)」、「七生(ななみ)」《注4》などの地名や人名を入れると、「生」の読みはケタ违いに多くなる。一说には150通り以上あるとも言われる。「明」や「上」、「下」の字も読み方が多いことで知られるが、「生」にはとうてい及ばないのではあるまいか。
汉和辞典『字通』(平凡社)によると、「生」は、草の生え出る形からとられた字で「すべて新しい生命のおこること」が原义という。
《注1》 唐音で「さん」とも読む。
《注2》 「生(あ)る」とは、神霊?天皇など神圣なものが出现する、生まれる、现れる、ことの意。小学馆『全訳古语例解辞典』第2版には、『万叶集』から「橿原(かしはら)の圣(ひじり)の御代(みよ)ゆ生(あ)れましし神のことごと(橿原の圣天子の御代以来お生まれになった天皇のすべてが)」の一节が引用されている。
《注2の补注》 「御代ゆ」の「ゆ」は上代语の格助词。动作?作用の起点を示す「?から」「?より」の意。
《注3》 「生绢(すずし)」とは、生糸を织ったままで练っていない绢布のこと。軽くて薄い(『岩波古语辞典』より)。
《注4》 『ローマ人の物语』、『ローマから日本が见える』などイタリアもので著名な作家?塩野七生氏の名前。